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最近ジャケ買いができなくなっている。といってもジャケットを参考に選ぶことはできる。
ジャケ買いは一種の儀式であって音源選びの参考項目ではない。ジャケ買いは視覚に訴えてくる未知
だったり野蛮だったり神聖、魔術的な存在と出会う儀式だ。静止したレヴューではなくヴィヴィット
な行為そのものだ。
レコード屋に行けばジャンルや年代、アーティストごとに陳列されていてある程度音楽に対する造詣
を培えていればたいていのレコードの内容は想像できてくる。そういった想定内のレコード/CDはジ
ャケ買いの対象ではなく、音楽オタクのDIGの域を越えない。たまに自分の想像を過信してはいけな
いと既知のアーティストや年代、ジャンル、国籍、演奏者、レーベル、帯などの情報を統合(あくま
でジャケットが第一義ではなく)して裏切りジャケ買いをしてみるとアンパイでしかない。音源とし
ていいものを選べることは確かだからDIGとしては成功なわけだが、ジャケ買いという行為には何か
が欠損している。
その欠乏感は興奮だ。
なぜこんな音楽が生まれ、アーティストとその周辺のコミュニティはその音楽を受容し共感していた
んだろうというヒシヒシとした疑念と好奇が絡みつくギラギラした興奮。
ジャケ買いにはこうした興奮が行為の中に孕まれている。未知がプンプン匂ってくる。
DIGることで結果的にそうした興奮に結びつくこともあるが行為の中に興奮は孕まれていない。DIGは
ちょいとマシーンよりな行為だ。音楽への造詣を深めれば深めるほどちょっとしたレコード/CDとの
出会いに工夫をしなければ音楽の未開域に至ることができない。中身に自分の想像力が及んで包み込
んでしまうとジャケ買いの極彩色のキラメキモノクロームの活字になってしまう。ジャケ買いが楽し
く期待と驚きをもってできるのはへんてこなレコード/CDが集まるブックオフのその他コーナーや、
ローカル駅のリサイクルショップなんかの棚に限られてくる。経験、感覚、知識の蓄積とショップが
限定とでジャケ買いがしにくくなっているわけだ。
ジャケット、アーティスト、年代、ジャンル、国籍、演奏者、レーベルの項目を統合するのだけど
、そこでどの情報よりもジャケットを優先したいっていう欲求が統合に失調をきたすことも第二位ジ
ャケ買いとして扱いたい。欲求に引きずられる諸感覚を持っている状態はいわばハイ状態なわけだか
らこうした機会に無視はしたくない。
そしてもうすでに別のタイトルを持ってるアーティストでジャケに魅了され買ってしまった一枚も僕
の下心にビンビンくるジャケのパワーを輪郭付けるものであろうから触れたい。
今までにジャケ買いしてきたタイトルを買った当時の状況に遡及した僅かなコメントを添えて紹介し
たい。
ジャケ買いはなにもショップの中に限られたものではない。アマゾンでたまにCDを買うときに向こう
から勝手にやってくるあなたにオススメ群や同じ商品を買った他の人が買っているその他の商品。そ
こからまたつながる他の商品という消費データベースの数珠つなぎでジャケットだけをみていくと視
覚に飛び込んでくる未知の触感。ネットであるから気に入ったジャケットの商品の情報を知り得やす
いわけだがジャケ買いを求めるジャケ買いジャンキーはそこを未知のまま飛びこむ。ジャケットだけ
みた感覚を信じ他で統合することを拒否し自ら環境を制限してジャケ買いを行う。そうした強制ギブ
スなジャケ買いがアマゾンでは行うことができる。もちろんアマゾンだけがこのシステムを用いてい
るわけじゃないが、アマゾンのページのニュートラルさはジャケット以外の情報を制限しやすくして
いる点で特筆している。
崇高なジャケ買い/(このジャケいい!欲求による)統合失調ジャケ買い/不純なジャケ買い(アーティ
スト持ってる)DIGより/アマゾンジャケ買い
の四項目
みっくみく on HOWL ページサンプルです